ネット社会万歳の違和感


昨日、待ち合わせのため駅の改札の近くにいた。

ふと目がとまったのが、電車の時刻表。
そういえばここ数年電車の時刻表を手に取ったことがない。

会社員時代は一つの課に一冊常備されていた。
出張に出かけるのに必需品だった。
時間を調べ、帰りの列車・飛行機の時刻をメモった。

理由は明らかで、インターネットであれば一発で検索してくれる。
出発駅、目的駅、何時までに着きたいか、早く歩くかどうかを入力すると、
ほぼ正解が表出される。それを携帯に転送すればコトは足りる。

似たような例ではNTTの番号案内サービスがある。
随分昔は使った。店の名前も場所も覚えているのに電話番号が分からない。
いつの頃からだったか、コンピュータによる音声案内に変わった。
一体一件を調べてもらうのにいくらかかったのだろう。記憶が怪しい。

同様に最近は全く使わない。ネットで調べればまず間違いなく引っかかる。
ついでに今の店の様子やメニュー値段まで分かるし、ネットで予約も可能。

104番はやはり激減していた。データがやや古いが、
平成15年に5億件あった問い合わせは、
平成20年には半減。その後も数千万単位で減少を続けている。

当然でしょうね。NTTの番号案内は有料。携帯電話からかけると
一件につき、100円取られる。ネットの検索は無料。
いずれなくなるサービスでしょう。

同様に電話帳も見なくなった。
クルマに乗っていても地図は見ない、見ないどころかない。
これはネットとは違うがカーナビがどこへでも連れて行ってくれる。
ケータイのアプリでは目的地を入力すれば自分の位置をGPSで調べ、連れて行ってくれる。

基本、便利になっていいことだらけである。

しかし、経済的に考えると、人間が行っていた行為が基本ただの
ネットに置き換わることで労働がなくなり、雇用が減る。

ネット社会の進化は経済と相反するのか。
アマゾンのおかげで本屋で買い物をすることが少なくなった。
地元の本屋にお金が落ちない。中小の本屋が減少する。
CDもアマゾンに発注するか、ダウンロードサービスを利用する。
流通をかませない分安くもある。

ネット社会はあらゆるサービスを無料もしくは安価な方向に導く。
もちろん文句はない。が、妙な感覚に陥るのも確かだ。
なんとなく人間から力を奪っているようにも思える。

日本中どこへ行っても
マクドナルド、GAP、ユニクロ、無印良品、ヤマダ電気、吉野家がある。
同じである。考えなくてもそこそこのものが安く手に入る。

う~~ん。なんといってよいか。変な感じである。
自分で歩いていたと思ったらエスカレータの上だった気分。
うまくまとまらないので後日また考えてみる。中途半端で申し訳ないm(_ _)m。



ちっとは自分で考えないと。





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コメント

コメント(2)

  1. Oichan on

    確かに、ネットでは、何でも調べられる。
    特に、調べてもらうために情報を提供しているものは、簡単に調べることができる。
    だけど、人間の側の「調べる能力」が落ちているような気がする。
    「調べればわかることなのにすぐに聞いてくる」奴が多くなった気がしてならない。

    「人に聞くのは悪いことではないのだけれど限度というものがある」と考える僕は、Old Type なのだろうか。
    今度、調べてみよう。

    返信

    • admin on

      確かに非常に便利だ。

      学生に聞いてもフェス・ブックのことは知らなくてもウィキペディアは
      全員が知っている、というか使っている。

      ノウハウが問題ではなくノウホエア(どこにあるか)が重要になる。
      検索力が高いことが生活上必要なリテラシーになる。

      検索力検定なんていうのがそのうち出てきそうだ。

      なんて思ったら、とっくにありました。びっくり(笑)。

      返信

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