人たらしの天才

経営革新教会という中小企業の運営をアドバイスする社団法人の講演会に行ってきました。

ゲストスピーカーは渡邊美樹さん。
ご存じ「和民」の創業者。その後、介護施設、介護用弁当の宅配、病院経営等を手掛け
現在は自民党所属の参議院議員。議員としては一年生です。

幼いころに父の事業が失敗し、心労からか母も他界。そのころから思っていたのは、
独立して絶対に大金持ちになってやる(笑)、とのこと。なってみるとたいしたことがない。
やはりやりたいこと、やりがいのあることを、全力でやるのが楽しいと。

大学生時代に世界を一周し、ドイツの酒場のあまりの楽しさに飲食の素晴らしさを体験し、起業。
開業のために一年間宅急便のアルバイトをして一年で300万円を準備した。

色々な事業に手を染めているが、やるための基準が三つあるという
1、その事業を本当にやりたいか
2、その事業はとびきりの「ありがとう」を言ってもらえるか
3、社員を含めみんなが幸せになるか

ブラック指摘を受けた会社の創業者としては3、あたりはちょっと疑問だが^^。

ただ、弁はたつ。天才的と言ってもいいでしょう。一時間余り圧倒されました。

ただ政治家になってからのばかばかしい体験はさもありなん。
・どうして株式会社が農地を購入できないのか → 農家が困る
・なぜ借金を止められないのか → 選挙で負けるから
・どうして混合診療だと全宅自己負担になるのか → 今、上手く行っているからいいじゃないか

等々。
政治家の最大の興味は次の選挙に負けないこと。
特に小選挙区制になってからは、内閣の支持率がすべて。そりゃ前回の民主党は負けるわ。

政治家も官僚もPLもBSも見れない、これじゃだめだと絶望しかけている。
一期6年間を務めたら、新党を立ち上げると。

確かに今の借金漬け日本を復興させるのは、天才経営家の手腕が必要でしょう。

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リクルートの江副さんも人たらしの天才でした。声は小さく優しい。でも怖かったよ^^。

母の一歩

久しぶりのブログ更新です。義務化しないとサボりますね^^;。

ここには何回か書きましたが、私の父は昨年12月6日、83歳で息を引き取りました。
慌ただしく葬儀、諸手続き、相続など。全部終わるのには半年かかりました。

その間、母は抜け殻のような日々を過ごしていました。
父に頼り切った人生。それはそれで大変に幸せな人生だったのですが、
やはり本当にいなくなってしまうと、まさに抜け殻。

週に一回は実家に帰り、「パパのいない人生を生きなきゃ」とかいろいろな方法で
母を立ち直らせようとしたのですが、「ぼーっ」とした状態が続きました。
同じことを何度も話すようになり、認知症の入り口にいることを覚悟せざるを得ませんでした。

そんなある日、例によって実家へ行って、昼ご飯を一緒に食べていると、
「昨日、八王子駅にある魚屋さんに行ったの」「え?バスで?」
「バカね、タクシーに決まってるじゃない。ゴディバのチョコも買ってきたの」

クルマを運転できない母にはいきたいところがあればどこへでもタクシーを使って行きなさい。
と言い続けていたのですが、一大変化。
また、ただでさえ小食であったのに父の死後はさらに食が細り。体重も限界寸前かと。
ところがその日の昼は、実によく食べる。二日酔いの私よりもたくさん食べて、
最後にアイスクリームを追加注文。スイーツってやっぱり別腹なんですね。

「なんだかずーっと、霧の中にいるようだったけど。しょうがないんだよね」
初めて母が父の死を受け入れた瞬間であったように思います。
これで大丈夫かというとそんなに簡単なことではないと思います。

父とはもう共に歩むことができない。それでも生きていかなくてはならない。
ようやく覚悟をしてくれたようです。

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新しい恋をとは言いませんが、生活の中の楽しみをたくさん見つけてもらいたい。

物故

フェースブックのおかげで高校生の時の友人と様々な交流の場を持つことができている。
過去の関係やつながりを取り戻す道具としてフェースブックは抜群に便利だ。

この2年くらいに数回は飲み、テニスをし、お花見にも出かけた。

私自身は佐世保に高校3年間だけお世話になった。中学までは東京・京都。
大学は首都圏だったので、基本そこでの関係は切れた。

一人だけどうしても行方が分からない友人がいた。F君としよう。
高校2~3年でクラスが同じで仲が良かった。ちょっと変わったキャラクターだったが
頭の切れは抜群だった。彼は現役で九州大学法学部に進学した。

しかし、その後の行方が誰に聞いてもわからない。
「Fの本名」「九州大学法学部」で検索をすると、

カントと法哲学についての論文が数件引っかかった。が、それ以上のことは分からない。
もっとも新しい論文で1988年。大学院に行っているとすればその頃のことだと思う。

数回同じことをしただろうか。
2003年の法哲学会報の中で名前がヒットした。論文を中身を見たが見つからない。

諦めかけたその時に「会員の移動」の物故欄に彼の名前を見つけた。
確定ではないのだがどうやら2003年だから44歳だろうか、亡くなっていた。

大学院に進学後、44歳までの期間に彼が何をしたのかは全くわからない。
高校を卒業後、大学一年の夏休みに佐世保に出かけた。彼にあったのはそれが最後。

今年はどうもこういうことが続く。

残されたものはその人の分まで生きるしかないのだ。

000fukui

合掌。

NewsLetter143号 人は何故スポーツをするのか

先日撮りためている、BS1の海外ドキュメンタリーシリーズでフランスのドキュメンタリー
「人間は何故スポーツをするのか」を見ました。
大変に興味深い内容でしたので、メルマガで再現してみました。

http://r-research.co.jp/pdf/nl143.pdf

こちらからご覧ください。

しかし、ある方から返信していただいた文章を読んでいるうちに、大きな一つの要素を
忘れていることに気が付きました。

それは、「楽しい」からです。

当たり前ですが、ゲームは大抵「Play!」でスタートします。

すなわち、遊ぼう!」 ということですね。

この季節の外での遊びには十分な配慮が必要ですが、それでも遊びたい。

とんでもない気温が続きますが、皆様におかれましてはご自愛ください。

私?夏休みをいただきます。

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