がれきに関する暴論

あらかじめお断りしておきますが、暴論です。
しかし、あらゆる意味でこの方法論の方が効率的なのです。

日本中で「東北のがれき」を受け入れるのかどうかを議論しています。
いや、議論になっていませんね。私の友人である永江一石さんが、ブログの
中で書かれていますが、
「ゴキブリと同じで感情的に嫌だ」だと思います。

がれきの処理に全国で協力するのは賛成。
でも自分の住んでいる地域が引き受けるのは、反対。
自分が恥ずかしくないのか、ワガママです。

自分はともかく自分の子供を思う親の気持ち、はわからないではないですが。
テレビで見た陳情の風景は、醜悪でした。

これは沖縄の問題と同じです。沖縄県民の気持ちはよくわかるが、
自分の側に基地が来るのは嫌だ。これは醜悪な感情論です。

で、暴論はここからです。

福島第一原発は現在のところ冷温停止状態にあり、何とか大惨事を防いでいます。
しかし、もう一度マグニチュード7以上の地震に襲われた場合に、大惨事にならない
保証はどこにもありません。

つまり福島第一原発から半径10km以内には1000年位は住めません。
半径10kmの円の面積は10×10×3.14=314平方km。海側は使えませんので
その半分。約150平方kmとなります。

ここをがれきの捨て場所にしましょう。
どのみち住めないのです。そして永遠にこの土地を放棄しましょう。


もちろん、この地域の住民の方々には手厚い保障をします。
住む家、仕事、年金、全てを国民の一律の負担でまかないます。

がれきを無理に分散させて、「根拠がない心配」をすることもなく。
費用的にもこの方法が安く付きます。

住人の方々のお気持ちはよくわかります。しかし、どうにもならないのです。

少し話をずらしますが、東北のある町の漁協では市が提案した、
漁港をいくつかに分散して効率的な港づくりを提案したところ、
漁民の反対で「従来通り」の復旧案が通ったそうです。
「生まれ育ったところで働いて死にたい」という気持ちでしょう。
多くは高齢者の漁師だと聞きました。
この方々が亡くなったあとに残るのは、誰もいない漁港だけです。

結局、復旧と復興のどちらを取るのかということです。
日本の財政が逼迫している今、どの道を取るべきなのかは
明白なように思えてなりません。

暴論です。が、最も次の日本を立ち上げるために効率的な論だと思います。